
千葉大学・劉浩教授ら研究グループ、自然界の静音設計をドローンへ。フクロウの翼を模倣したドローンのプロペラを開発し、騒音低減効果を実証
千葉大学大学院工学研究院・劉浩教授とJiaxin Rong特任研究員(研究当時)らの研究グループは、三井化学株式会社と共同でフクロウの翼を模倣したドローンのプロペラを開発。 騒音低減効果について実証された。 本研究は千葉大学と三井化学株式会社との共同研究プロジェクト『フクロウ羽根を模倣した静音化ドローンブレードの形状設計』と、日本学術振興会の科学研究費補助金(23K26068)の助成を受けて実施された。
目次
実証の概要
今回、三井化学株式会社から提供されたプロペラのモデルは直径72cm以上になり(図2)、大型ドローンや空飛ぶ車にも実装可能なサイズであることから、重量の大きな機体のプロペラに適用することで、都市部における航空物流や交通分野での応用が期待できる。
この研究成果は、流体力学の専門誌『Physics of Fluids』にて5月23日(日本時間)に掲載された。
研究の背景
自然界の様々な生物の中でも、フクロウは極めて静かに飛ぶことで知られている。
これはフクロウの翼に特殊な構造が隠されているためだとされている(図1a)。
翼の中の羽根の前縁を拡大してみると、鋸歯状の突起があり、これが渦状の空気の流れを分断することで、騒音のもとになる不安定な気流を抑制して騒音を低減する(図1b)。
この翼により、獲物に気づかれることなく近づくことができる。
一方で近年、小型の無人航空機(UAV)は、様々な分野で普及している。
しかし、人口が密集する都市部において大型UAVを活用しようとすると、プロペラから発生する大音量の騒音が大きな妨げになっていた。
この問題に解決案を提示するため、研究グループは、フクロウの静音飛行を実現している羽根の鋸歯形状を調べ、その構造をUAVのプロペラ用に複数のパターンでモデル化(図1c, d, e)。
改良を加えながら2年の歳月をかけて騒音低減効果が検証された。
図1:フクロウ翼の構造理解からプロペラ設計の流れ (a)フクロウの翼の形態 (b) フクロウの第10主羽根 (c) クリーンな(ベースラインの)プロペラ(CLE)と、鋸歯の大きさが異なる3つの鋸歯状のプロペラ(SER3、SER6、SER9) (d) CLEモデルの正面図 (e)鋸歯形状の特徴。結果は、幅(w)と振幅(a)が各6mmで間隔(s)が8mmの設計のSER6が最適であった。
研究の成果
生物規範工学(注1)の実績をもつ本研究グループは、ドローン(マルチローター無人航空機)のプロペラのモデルに、フクロウ翼を模した鋸歯形状を付与して解析を進めた。
その結果、回転時に発生する空力騒音を最大3dB低減することを計算機シミュレーションで実証された。
騒音低減効果と空力性能は、通常であれば両立が難しい「トレードオフ」の関係にあるとされている。
つまり、騒音を低減するための設計変更が空力性能に負の影響を及ぼすということになる。
例えば、プロペラの形状を変更して騒音を低減すると、推力や効率が低下する。
一方で、回転翼の前縁部は進行方向に向かって最初に空気と接触する部分であり、その形状や設計が空力特性に影響を与える。
この部分に最適な形状を施すことで、騒音低減効果があることが知られていた (参考文献1,2)。
本研究グループは、三井化学株式会社から提供されたモデル形状に対して、Ffowcs Williams-Hawkings音響アナロジー(注2)とラージ・エディ・シミュレーション(注3)を用いて、フクロウ翼の鋸歯形状を前縁部に組み込んだプロペラの空力音響特性を複数のパターンで検証(図1c)。
結果、SER6のモデルで最大3dBの騒音低減を達成しながら、空力性能をFM値で4~8%の軽微な低下に留めることに成功したという。
また、前縁部の鋸歯形状の最適化は、振幅や幅(波長)などの幾何学的パラメータに強く依存するが、幅(w)と振幅(a) が各6mmで間隔(s)が8mmの中程度の鋸歯SER6(図1 e)において、騒音低減と空気力学的効率のバランスが最も良いことが判明。
これにより、騒音低減と空力性能のトレードオフのバランスを最適化するためには、鋸歯の寸法が重要であることが示されたとしている。
図2:フクロウ規範プロペラのデザイン 長さ約36㎝で、直径にすると約72㎝以上となり、大型のドローンにも実装可能。
今後の展望
千葉大学のJiaxin Rong特任研究員のコメント
「フクロウ翼に着想を得た鋸歯構造は、空力騒音のもとになる空気の流れの大規模な渦を壊して圧力変動を抑制します。この知見から、今回設計上の最適なバランスが明らかになったことは画期的です。人に優しい静かな空中移動システムの開発につながることを期待しています。」と抱負を述べている。
同大学の劉浩教授のコメント
「実用性の高い大型の工業用ドローンや空飛ぶ車に応用できる、高性能かつ低騒音なローターの開発において、一歩前進したと言える大きな成果です。」と評価しています。さらに、三井化学株式会社の水本和也氏は「ドローンの社会受容性を高めるためには、静音性、安全性、経済性のさらなる向上は必須といっても過言ではありません。安全で暮らしやすい社会のために、生物模倣による進化/研究は今後も大いに発展していくと考えています。」と期待を示している。
用語解説
注1)生物規範工学
生物のもつ優れた形態や構造、機能やシステムなどを模倣、もしくは規範とする技術。バイオミメティクス(生物模倣)。
注2)Ffowcs Williams-Hawkings音響アナロジー
音響学的モデルであり、航空機のプロペラやヘリコプターのローターなど、固体境界と流体の相互作用によって発生する空力騒音の解析に広く用いられている。
注3)ラージ・エディ・シミュレーション(Large Eddy Simulation:LES)
乱流の大規模渦構造(eddy)を直接モデル化しシミュレーションすることで、乱流計算を行う数値流体力学の手法。
論文情報
タイトル
Owl-inspired leading-edge serrations for aerodynamic noise mitigation in drone propellers
著者
Jiaxin Rong, Kazuya Mizumoto, Yasuhiro Takami, Saori Tanaka, Hiroyuki O. Ishikawa, Koichi Yonezawa, and Hao Liu
雑誌名
Physics of Fluids, (2025).
DOI:/10.1063/5.0268150
参考文献
(1) eroacoustic interaction between owl-inspired trailing-edge fringes and leading-edge serrations.
著者
J. Rong, H. Liu.
雑誌名
Physics of Fluids, (2022).
DOI
/10.1063/5.0078974
(2) Owl-inspired leading-edge serrations play a crucial role in aerodynamic force production and sound suppression.
著者
C. Rao, T. Ikeda, T. Nakata, H. Liu.
雑誌名
Bioinspiration & Biomimetics, (2017).
DOI
/10.1088/1748-3190/aa7013
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出典